うつが与えてくれる人生を振り返る時間

うつ状態の渦中にある方は物事を冷静に考える余裕はなかなか持てません。しかし、回復してくる中でいつか冷静に思考できる力が戻ってきます。そして、まだ社会復帰していないか、もしくは本調子に戻るまで従来より活動時間を減らしている時期などは、自分自身のことをじっくりと振り返る良い機会となります。

なぜうつになったのでしょう

さて、どうして人生のその時、そのタイミングでうつ状態になり、活動の一線からしばし降りることになったのでしょうか。もしかすると、今までの生き方のまま前に進んでいくだけでなく、これまでの生き方を振り返り、より自分の人生について深く考えるために人生が与えてくれた機会(chance)なのかもしれません。
そのように考えるようになったのは、うつの方とのカウンセリングをとおして関わってきた経験からです。

乗り越えた先に見えてくるもの

私はこれまで実に多くのうつの方の回復のプロセスを共にしてきました。そして、多くの方がうつから回復した後にカウンセリングを受けてきたことを振り返りながら、自発的に「うつになって良かった」という言葉を話されました。これはとても象徴的な言葉だと思います。ご自身でこれまでの生き方を振り返り、ご自身なりの意味を見いだして、あらためてこれからの人生について主体をもって選択された。このように考える機会をうつになることで得ることができたという、ある意味で感謝さえ感じているようにも見えました。しかし、それは決して楽な道のりでそういう気づきを得たわけではなく、うつという苦しい時期を良い形で乗り越えてきたからこそ思えるに至った境地なのだと思います。人の気づきの力は素晴らしいです。

人生に起きてくることには意味がある

ところで、「人生に起きてくることには意味がある」という価値観があります。今、目の前に起きてきたことには、どのような意味があるのだろうか。その意味を理解し、受け入れて、これからの自分の生きていく中に統合していくことによって人生をより豊かなものにしていくことができるという、とてもポジティブな価値観です。

もし、そうした価値観を支持することができたとしたら、あなたをうつにさせようとした心は、あなたに何を伝えたかったのでしょう。それは、今までやってきた行動をいったん止めて、自分に起きていることをより深く考えさせることを望んでいる心なのでしょうか。そして、もっと無理をせずに生きることの意味を示そうとしている知恵なのでしょうか。それとも、今まで気がつかなかった自分の心のある側面に気づかせるための賢者のような心なのでしょうか。

うつの気分を受け入れるとは

うつの気分を受け入れることは、それは一見不快な感覚であるために避けたいと思うのはごく自然なことです。もちろん望んでうつに状態になりたい人はとても少ないでしょう。そのため、大多数の方はうつから逃れることばかりを考えようとします。しかしうつの方が無理にうつから逃れようと頑張っても結局は逃れられることなく、うつな気分の上に気持ちだけ焦ってばかりの宙ぶらりんの状態のままで余計に苦しくなってしまいます。

その時に、専門家であるカウンセラーの援助のもと(安全な場においてという前提で)、うつに抵抗することを手放してみることも意味のあることかもしれません。焦りの気持ちからは抜け出て、これからの人生の意味に繋がるような気づきが得られるかもしれません。

自然に気づきに至ること

なお、これは強調したいと思いますが、カウンセリング場面では、気づくことそのものを目的とするのではありません。あくまでもうつからの回復という大前提があり、その中でご自身を振り返る中で自然に気づきに至ったということが大切なのだということをお伝えします。そうした自然な気づきの中に、その人にとって価値のある意味が宿っているように思います。カウンセリングルームという安全な場で、心休まる時間と空間の中で、心の専門家と共に回復に向けて取り組んでいくことをお勧めします。

うつの方に向けたお話 (6)につづく)